小川洋子さん『深き心の底より』

タイトルに惹かれて、手に取りました。「博士の愛した数式」の著者であることは知っていましたが、未だ本を読んだことはなく。

深き心の底より (PHP文庫)

深き心の底より (PHP文庫)

54編の初期エッセイ集で、短い言葉の中に心がギュっとなる感性が詰まっていました。
印象的だった箇所;

今、また新しい小説を書いている。日曜日も誕生日も春休みも無視し、現在の時間の流れとは無関係に過去の森の奥へ奥へと分け入り、少しでも明確な言葉を聞き取ろうとして耳をすましている。そして、出来上がった時どんな形になるのか、はっきりした答えがわからないままに、言葉の石を一個一個積み上げてゆく。

作家もまた一つ一つ言葉を積み上げていく、真っ白な原稿の桝目を埋めてゆく作業を繰り返している、ということに妙に共感。そして、それははっきりした答えがわからないままに進めていく作業なんですね。なんだか私の日常と同じ!

そして結婚十年を迎えた小川さんの夫婦についての記述;

独身の頃、夫婦とは、ある一つの固定された関係だと思い込んでいた。夫婦は夫婦であって、それ以外の何ものでもないはずだった。ところが実際には、そう単純ではなかった。結婚したからといって、夫婦という枠の中におさまってしまうのではなく、結局、一対一の人間同士として、二人の関係はある時は成長し、ある時は停滞する、そのことを思い知らされた。
(中略)
小説を発表することによって、私は始めて夫から自立できた。自分の人生を救う方法を、ようやく手に入れたのだ。そして夫が、本など一冊も読まない人間であるにもかかわらず、私にとっての小説の大切さを一番に理解してくれた。私は彼に対し、これまでにない深い感謝を感じるようになった。

う〜む。むむ。む。小川さんの夫婦生活が20年、30年経った時の感想もまたぜひ読んでみたい。